健闘しながらも多額の供託金を没収された都議選とは異なり、供託ラインを上回る165票も獲得できたことは感謝しなければなりませんが、「私の母と交流がある」ということで投票してくれた方も多かったようです。
ただ、私の実家だった「ASA武蔵五日市」はあきる野市ではなく日の出町にあり、母や私の家族と西多摩で交流がある皆様も、「7対3」で日の出町民の方が多く、「家がある」というだけのあきる野市には知人が少なく、また、私自身2009年にあきる野市に転入したものの、私が勤めていたサマーランドには、遠距離からの通勤や、昭島、八王子の人が多くて、あきる野市民が非常に少なく(仲良くさせていただいたお向かいの方など)、私自身、ネットだけで人間関係を築いてきたこともあり、あきる野市には知人が一人もなく、このような状況で、市議がそれぞれの地区に縄張りを持っていて、浮動票が全くないあきる野市で、165票も取れたこと自体が奇跡みたいなものです。
ですが、私はエビデンスを元に麻生派の井上信治を始めとする「西多摩の自民党」や、多額のお布施を集めるなど、統一教会に極めて近い体質である公明党、立憲、共産といった既成政党を痛烈に批判していますので、たとえ母や私の家族と親しくされておられても、そうした私の思想信条が合わないと思われるのであれば、私以外の方にぜひ投票していただきたいと思っています。
この度の結果を受け、一人で選挙に出ることはもうないですし、私は今年のファースト政経塾塾生ではありますが、ファーストの会の選対からは3月くらいから全く返事がなく、また、あきる野市議会が不信任を出した日は、参院選の期間中であり、党を上げて荒木代表を支援していたこともあって、私からも連絡できず、その後も全く連絡がなく、どのような選挙戦をしていいか全くわからないまま、見放された形での選挙となりましたので、いろんな方面に対する失意と無力感でいっぱいです。
ただ、自民党市議会が、自分たちの「市長擁立ありき」で、実質彼らからの「いじめ」に遭っている村木市長を応援する人が誰もいないので、そのためだけに、立候補したという流れもあります。
今後は、一人での地方選挙や、(全くあてにならない)公党から公認をもらうという形ではなく、皆様方が全く知らない、別の形での政治への関わりを目指していきたいと考えています。
そして必ずそうした形で、立花孝志を越え、日本には完全に皆無な、哲学者、道徳家として、政治的影響力を持つ立場となって、日本を守る機会ができれば、と考えています。
衆愚政治が極まれる国、日本!
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