②オリンピック・パラリンピックの開催の可否について

まず私は、オリンピック・パラリンピックの開催は反対です。

私もかつては柔道をやっておりましたので、羽村市にキルギス共和国の男子柔道の選手団が事前キャンプに来ることは大変すばらしいことですが、私の父が昨年12月2日に新型コロナに院内感染して亡くなりました。

つまり政府のGo To キャンペーンによって亡くなったのですが、同じ危険のある五輪も中止して、国民の生命を守ることが、政治の役割です。

また、感染が再拡大して、変異株が出てきて、若者の感染が広がっている今の状況で開催できるなら、一回目の緊急事態宣言によって一旦コロナが収束した去年になぜ開催しなかったのか。

つまり、開催の決定が政治的かつ恣意的であり、開催の可否を判断する材料に、何の基準もないこと自体を、受け入れることはあり得ません。

実態としては、「外国から9万人もの選手・関係者が来日する、パンデミック下での強行開催」という結論ありきになっており、分科会の尾身会長も否定的です。

また、今回の五輪は選手ファーストでも、日本国民ファーストでもなく、東京都に対して、圧倒的に有利な条件で契約を結んでいるIOCの、「VIPファースト」の宴というのが実態であり、私たち都民は彼らの利権とは全く何の関係もなく、かつ東京都だけで7170億円にも上る五輪の経費を搾取させられつつ、命の危険にもさらされているのです。

また、今、行われているサッカーの欧州選手権は、五輪と同様にコロナによって1年延期されましたが、ヨーロッパ中の人たちが一つの国だけに集まる一国開催は絶対にあり得ず、イギリス、ドイツ、スペインなどに加えて、アゼルバイジャンやルーマニア、ハンガリーといった、非常に多くの国々に分けて、分散開催をしています。

ましてや五輪で来日したウガンダの選手からも陽性者が出ており、政局や、五輪関係者の、高い報酬のためだけに、今の時期に五輪を強行すること自体が完全に狂気の沙汰だと思います。

「道徳保守」で新自由主義と人権主義から日本を守る / 哲学者 高沢かずなり

「哲学と道徳のある政治」で、新自由主義と人権主義、中国化から、日本の領土領海、生命財産、戸籍、道徳(社会性)を守る。

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